説教要旨「不可解な試練の中でも幼子のように主にすがる」ヨブ記1章13~22節(旧約875頁~)
今朝は敬虔な信仰者であったヨブの苦難の生涯からご一緒に学びたい
と思います。私達は理由のわからない苦難を受けた時どうしたらよいでしょうか。
1.計り知れない原因による苦難(1・1~22)
昔、ウツという地(定かではないが中東の方)にヨブという人がいました。彼は「誠実で」、「直ぐな心」、「神を恐れ」(主を慕い、主を第一とする)、「悪から遠ざかっていた」、神の御前に生きた人でした。彼は当時イスラエルより東の人(異邦人)の中で一番の有力者で、神に従う信仰と人格においても重んじられる人でした。息子7人、娘3人がいました。さて、天では天使たちとサタン(6~7)が神の前にいました。主はサタンにヨブについて言います。「おまえは、わたしのしもべヨブに心を留めたか。彼のように、誠実で直ぐな心を持ち、神を恐れて悪から遠ざかっている者は、地上には一人もいない。」(8)。サタンは神に反論します、「それはあなたがヨブと家族と財産を守って祝福しているからで、彼が財産を失うなら神を呪います」(9~11)と。主はサタンにお語りになります「では、彼の財産をすべておまえの手に任せる。ただし、彼自身には手を伸ばしてはならない。」(12)。サタンの試みを限定的に許す神様(12)。これは神の主権の下で、限定的に許可された出来事であり、神様がサタンに妥協や譲歩をしたわけではありません。しかし、ヨブは天でのこれらの出来事を知りません。
その後、様々な試練がヨブとその家族を襲い、次々とヨブに悲しい知らせが届きます(14~19)。ヨブはその理由が全く分からず心当たりもありません。しかしヨブは大いに悲しみつつも神を礼拝し(20)、讃美するのです。21節。「私は裸で母の胎から出て来た。また裸でかしこに帰ろう。主は与え、主は取られる。主の御名はほむべきかな。」。しかも22節。「ヨブはこれらすべてのことにおいても、罪に陥ることなく、神に対して愚痴をこぼすようなことはしなかった。」。訳のわからない試練の中でも、ヨブのように、まるで幼子が泣きながら母親にの懐に飛び込むように(詩篇131)に神に祈り頼る恵みが備えられています。
2.苦難の中でまことの神ご自身をさらに深く知る(42・1~6)
その後ヨブ自身に病が襲い、彼は苦悩します。さらに友人達が彼に対し、この苦難がふりかかったのはヨブに問題があるのだと責めます。妻もヨブを責め、しもべや子ども達までヨブを軽んじます。ヨブは孤独の中で主に嘆き訴えます。主はヨブのそばにいて全て受け止めて下さっていました。そして苦難の中で神はご自身をヨブにお示しになります(38~41章)。ヨブは試練を通して真の神をさらに深く知ったのです(42・1~5)。ヨブは主の語りかけを聞く中で、世の中の不可解な事も自分の苦難も全て神の御支配の中にある事を確信し、彼を愛して握っておられる神の御手を感じたのです。5節はこの苦難の中で、その神を見るような(肉眼で見たわけではない)経験に比べれば、今まで主を知っていたのは主のうわさを聞いていたようなものだ、と言ったのでしょう。主の主権を心から認め、主に委ね、礼拝するヨブ。そしてヨブは神に対してよく知りもせずに言った事を悔い改めるのです(3、6)。どんな苦難も神を深く知る機会となるのです。
結局、神はヨブの病を癒し長寿を与え、所有物を2倍にされ、子どもも新たに10人与えます(死んだ子ども達は10人とも天国で生きています)。子どもも2倍。「主は取られる」事の中に実は希望がある。主の御手の中にあるからです。この世で不可解な試練も死後を含めて主の御前で全てのつじつまが合うのです。信仰者が直面する不可解な苦難は決して苦難では終わらない。その不可解な試練の極みがイエス様の十字架の死です。それは実は人類の罪、汚れ、呪いを身代わりに背負う十字架の苦難。主イエス様以外、誰も体験した事のない最悪の苦難。人類の罪を背負うゆえに父なる神からも断絶され捨てられる中でもイエス様は「わが神、わが神、どうして私をお見捨てになったのですか」と父なる神を信頼しつつ祈ります。父なる神の怒りの刑罰を身代わりに受ける中で「どうして」と真に言えるのは、全く罪のない、潔白以外の何ものでもないイエス様だからこそ、です。最後には「わが霊を御手に委ねます」と父なる神に全く信頼して息を引き取られました。義人ヨブですら成し遂げる事ができなかった事をキリストは全うされました。ヨブの不可解な苦難の生涯はイエス様の御生涯を指し示します。
私たちも不可解な苦難の中でも、最善をなさる父なる神と主イエスに全く信頼し続け、常に喜び、絶えず祈り、主を讃美し礼拝する信仰者であらせて頂きましょう。試みがヨブに許されたのは、主が共に勝利して下さるためだったのです!
(祈り)天の父なる神様。あなたに一切の主権があります。不可解な苦難の中でもあなたに信頼し賛美し、礼拝致します。イエス様の御名によって、アーメン。