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2023年2月25日土曜日

2月26日(日)礼拝動画配信&説教要旨「主と共に生きる中で主から学ぶ」 マタイの福音書11章25~30節 

 


☆コロナ対策をしつつ集会をしております。なお3密防止のため席数10席程)が限られています。また駐車場も軽自動車4台分(実質2~3台分)と限られています。ですので、ご来会の際には事前にご連絡頂く事をお勧め致します。なおご参考までに、現在は午前9時半~の第一礼拝の集会の方が空席が十分あります。

☆コロナ感染予防のため、会堂内のマスク着用、アルコール消毒、換気の徹底、密閉、密集、密接を避ける等を実施します。ご来会の際にはご協力をお願い申し上げます。

☆ご体調のすぐれない方や、コロナの感染がご心配な方は、ご無理はなさらないで、下の方にあります、「礼拝ライブ配信または録画配信」を用いて、ご自宅にて、主なる神様を礼拝頂ければと存じます。その他、ご心配な点等やご質問等ございましたら、どうぞ、お尋ね下さい。


基本集会のご案内

〇日曜礼拝(毎週日曜日、毎朝行っています)

第一礼拝(お話は第二礼拝よりも短めです)

午前930分~10【ライブ(録画)配信でもご視聴できます】

*回線不具合等により、配信開始が遅くなる場合や配信ができない場合もあります。時折起こる回線不具合の為、第二礼拝、午後礼拝の配信となる場合もございます。あらかじめご了承ください。

*説教者のみを撮影して配信しています。会衆は映りません。

*視聴される方は↓の写真をクリックしてください。「youtubeで見る」という文字が写真内に出た場合はそちらをクリックしてください。

*動画の最後の報告の中で、以下、日程に誤りがありました。お詫びして訂正いたします。

2月29日(水)   → 3月1日(水)聖書研究祈り会 10:30am 


第二礼拝 午前1030分~1130分頃

  (お話は第一礼拝よりも詳しくお話します)

☆諸事情により、どうしても上の時間帯での礼拝出席がかなわず、その他の時間帯での個別の礼拝【早朝(例・朝6時~6時半)礼拝、午後礼拝、夕礼拝(午後8時~8時半)等】の時をご希望の方は、ご遠慮なく、事前にご相談ください。できるかぎり対応させて頂きます。

〇教会学校(子ども) 午前9時半~10時頃

〇聖書研究祈り会 毎週水曜日 午前1030分~1130分頃

*各集会は全て無料ですが礼拝では自由献金の時があります(強制ではなく自由です)

「やさしい聖書の学び」(お申し込み随時受付中)*ご都合の良いお時間で聖書を学べます。オンラインでも個別にも対応致します。ご遠慮なくご相談下さい。

*その他、ご質問、ご相談などございましたら、メールやお電話にてお尋ねください。【ご連絡先】☎095(870)7200 または 📲080-6322-5554(牧師直通電話) e-mail nagasakimegumich@gmail.com まで。

二月 第四主日礼拝

◇礼拝の始まり5分前には心を静めて、静かにお待ちください。

♢讃美歌は心を込めつつ、声は小さめに歌いましょう(コロナ感染対策)。 

 

前 奏                            

頌 栄       あめつちこぞりて(新聖歌60)               (起立)

主の祈り     (週報左下記載)                             

祈 祷                           司会者 (着席) 

信仰告白    使徒信条 (週報右下記載)                   

聖 書     マタイの福音書11章25~30節(新約21頁)   司会者

メッセージ   主と共に生きる中で主から学ぶ」      後藤健一牧師

讃 美    『主と共に歩む』(新聖歌355)               (起立)                                              

献 金                                                                                   

頌 栄      父・ 御子・ 御霊  (新聖歌63・ゴスペル3)            (起立) 

 祷                                 後藤健一牧師

*交読文とSGは割愛し、讃美歌も減らしております(コロナ感染対策)

主の祈り

天にまします我らの父よ、ねがわくはみ名をあがめさせたまえ、

み国を来らせたまえ、みこころの天になるごとく地にもなさせたまえ、

我らの日用の糧を、今日も与えたまえ、我らに罪をおかす者を我らがゆるすごとく、我らの罪をもゆるしたまえ、我らをこころみにあわせず、悪より救い出したまえ、

国とちからと栄えとは 限りなく なんじのものなればなり、アーメン。


使徒信条

我は天地の造り主、全能の父なる神を信ず。我はその独り子、我らの主、イエス・キリストを信ず。主は聖霊によりてやどり、処女マリヤより生まれ、ポンテオ・ピラトのもとに苦しみを受け、十字架につけられ、死にて葬られ、陰府(よみ)にくだり、三日目に死人のうちよりよみがえり、天にのぼり、全能の父なる神の右に座したまえり。かしこより来たりて、 生ける者と死にたる者とを審きたまわん。我は聖霊を信ず。聖なる公同の教会、聖徒の交わり、罪の赦し、身体のよみがえり、永遠(とこしえ)の生命(いのち)を信ず。アーメン。


メッセージ聖書箇所マタイの福音書 11 章25~30節(新約 21 頁)

1125  そのとき、イエスはこう言われた。「天地の主であられる父よ、あなたをほめたたえます。あなたはこれらのことを、知恵ある者や賢い者には隠して、幼子たちに現わしてくださいました。

1126  そうです、父よ、これは,みこころにかなったことでした。

1127  すべてのことが、わたしの父からわたしに渡されています。父のほかに子を知っている者はなく、子と、子が父を現わそうと心に定めた者のほかに、父を知っている者はだれもいません。

1128  すべて疲れた人、重荷を負っている人はわたしのもとに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。

1129  わたしは心が柔和でへりくだっっているから、あなたがたもわたしのくびきを負って、わたしから学びなさい。そうすれば、たましいに安らぎを得ます。

1130  わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからです。」      聖書 新改訳2017 ©2017 新日本聖書刊行会

©2017 新日本聖書刊行会

【今日の聖句】

すべて疲れた人、重荷を負っている人はわたしのもとに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。わたしは心が柔和でへりくだっているから、あなたがたもわたしのくびきを負って、わたしから学びなさい。 そうすれば、たましいに安らぎを得ます。わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからです。  (マタイの福音書11章2830節)

【メッセージ要旨】

主と共に生きる中で主から学ぶ」マタイの福音112530節(新約21p)

 ここに主イエス・キリスト様との素晴らしい豊かな交わりへの招きがあります。

1.拒絶される中で、主イエス様を支えた父なる神との交わり(2527

主イエス様の御業がなされたにもかかわらず主イエスを受け入れない人達についてイエス様は悲しまれました(2024)。一方でイエス様を信じる人もいました。そこで、主イエス様は父なる神に祈ります(25)。「ほめたたえます」はイエス様が父なる神の御心に全面的に従っておられる事を示します。さっきまで嘆き悲しみ、愛するがゆえに悔い改めない街々を責めておられたのに一転、父なる神への賛美を表しました。ここに苦難の中でも、信仰生活や主の為のご奉仕や良い業、伝道を続ける秘訣があります。主の働きをする中で、悲しみ嘆き、落胆を経験する中でも、父なる神との交わりの中に生き続ける中で支えられ、慰め励まされ、力と知恵と愛を頂き、伝道や奉仕を継続することができるのです。

25節後半。「これらのことを、知恵ある者や賢い者には隠して、幼子たちに現してくださいました」。「これらのこと」とは福音の真理であり、主イエス・キリスト様ご自身の事です。「知恵ある者や賢い者」とは特に宗教指導者です。彼らは高慢になり、イエス様を受け入れず拒絶したのです。そういう中でも幼子のように心を開いて救い主イエス様を信じる人もいました。それは神様のお働きがあっての事でした。26節。「そうです、父よ、これはみこころにかなったことでした。」。イエス様は先の嘆き悲しみの中で、同時にそれでも、父なる神に信頼して明け渡し、「そうです、父よ」とその御心に全面的に同意して従われます。

27節。「すべてのことが、わたしの父からわたしに渡されています。父のほかに子を知っている者はなく、子と、子が父を現そうと心に定めた者のほかに、父を知っている者はだれもいません。」。ここで、「すべてのこと」とは「神の国の福音の啓示のすべて」という事です。それを父なる神からイエス様は渡されているのです。ですから主イエス様が知らせて下さらなければ、父なる神を知る事ができないのです。主から教えられるために必要なのは謙遜です。

2.主イエス・キリスト様との交わりと弟子への招き(2830

しかし、主イエス様はあきらめずに常にすべての人を招き続けます。愛しているからです。28節。「すべて疲れた人、重荷を負っている人はわたしのもとに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。」。「わたしのもとに来なさい」。ここに父なる神を真に知らせていただける場所があり、父なる神との親しい交わりがあり、そこに、罪のゆるし、きよめ、神の国、安息、癒し、救い、永遠の命、知恵、真の宝があります。罪の重荷は取り除かれ、人生の重荷は主イエスが共に担って下さり、共に歩んで下さり、人生を守り導いて下さるのです。

キリストの愛の招きに応答して、自らの罪を認め、神に立ち返り(悔い改め)、その罪のために、身代わりに十字架で死んでくださり、復活してくださった、救い主イエス・キリストに信頼して受け入れるならば、キリストの十字架の身代わりの死によって、罪ゆるされ、きよめられ、父なる神と御子イエス・キリストとの親しい交わりの中に入れられるのです(第一ヨハネ1・3,4)。さらには、主イエス様に信頼して、主イエス様と共に歩み、親しい交わりをする中で、神様の御性質である「きよさ」を分かち与えられます。聖なる神の御性質とは「純粋(ピュア。混じりけがない)、真実、絶対的に信頼できるお方、正しい(自分の利益の為でなく正しい行動をする)、公正さ、良い、愛」(J・オズワルド)。私達は共に神に生きる中で神の御性質を学ぶ」(J・オズワルド)のです。

そして2930節。「わたしは心が柔和でへりくだっているから、あなたがたもわたしのくびきを負って、わたしから学びなさい。そうすれば、たましいに安らぎを得ます。わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからです。」。「くびき」とありますがこれは強い牛と弱い牛をつなげる道具です。イエス様が強い牛、弟子が弱い牛にたとえられ、自分だけでは負いきれない重荷も主イエスが共に担ってくださるので重荷が軽くなるという事です。また主イエスの弟子になる事も意味します。一方、パリサイ人達の間違った勝手気ままな教えのくびきは不当な重荷となっていました。しかしイエスは真実なお方で、ご自分に信頼して、ご自分の弟子となる者の魂や人生に、真の安息を必ず与えて下さるお方です。だからこそご自分のことを偽る事ができません。それでご自分の事を「わたしは心が柔和でへりくだっている」と言われたのでした(エレミヤ3・12参照)。

(祈り)天の父なる神様。人生の重荷や苦難の中で、時に嘆き悲しみ疲れる事もありますが、どんな時も、主が共に重荷を負って支えて下さり、お交わりの中で慰め励まし、立ち上がらせて下さり感謝です。イエス様によって、アーメン。


*メッセージ内容、その他、ご質問、ご意見、ご相談などございましたら、メールやお電話にてお尋ねください。【ご連絡先】☎095(870)7200 または 📲080-6322-5554(牧師直通電話) e-mail nagasakimegumich@gmail.com まで。

―今週の予定―   *以下、日程に誤りがありました。お詫びして訂正いたします。

2月29日(水)   → 3月1日(水)聖書研究祈り会 10:30am 

2023年2月18日土曜日

2月19日(日)礼拝動配信&説教要旨「天国に居場所を用意して下さった主イエス様」ヨハネ14章1~6節

 


☆コロナ対策をしつつ集会をしております。なお3密防止のため席数10席程)が限られています。また駐車場も軽自動車4台分(実質2~3台分)と限られています。ですので、ご来会の際には事前にご連絡頂く事をお勧め致します。なおご参考までに、現在は午前9時半~の第一礼拝の集会の方が空席が十分あります。

☆コロナ感染予防のため、会堂内のマスク着用、アルコール消毒、換気の徹底、密閉、密集、密接を避ける等を実施します。ご来会の際にはご協力をお願い申し上げます。

☆ご体調のすぐれない方や、コロナの感染がご心配な方は、ご無理はなさらないで、下の方にあります、「礼拝ライブ配信または録画配信」を用いて、ご自宅にて、主なる神様を礼拝頂ければと存じます。その他、ご心配な点等やご質問等ございましたら、どうぞ、お尋ね下さい。


基本集会のご案内

〇日曜礼拝(毎週日曜日、毎朝行っています)

第一礼拝(お話は第二礼拝よりも短めです)

午前930分~10【ライブ(録画)配信でもご視聴できます】

*回線不具合等により、配信開始が遅くなる場合や配信ができない場合もあります。時折起こる回線不具合の為、第二礼拝、午後礼拝の配信となる場合もございます。あらかじめご了承ください。

*説教者のみを撮影して配信しています。会衆は映りません。

*視聴される方は↓の写真をクリックしてください。「youtubeで見る」という文字が写真内に出た場合はそちらをクリックしてください。


第二礼拝 午前1030分~1130分頃

  (お話は第一礼拝よりも詳しくお話します)

☆諸事情により、どうしても上の時間帯での礼拝出席がかなわず、その他の時間帯での個別の礼拝【早朝(例・朝6時~6時半)礼拝、午後礼拝、夕礼拝(午後8時~8時半)等】の時をご希望の方は、ご遠慮なく、事前にご相談ください。できるかぎり対応させて頂きます。

〇教会学校(子ども) 午前9時半~10時頃

〇聖書研究祈り会 毎週水曜日 午前1030分~1130分頃

*各集会は全て無料ですが礼拝では自由献金の時があります(強制ではなく自由です)

「やさしい聖書の学び」(お申し込み随時受付中)*ご都合の良いお時間で聖書を学べます。オンラインでも個別にも対応致します。ご遠慮なくご相談下さい。

*その他、ご質問、ご相談などございましたら、メールやお電話にてお尋ねください。【ご連絡先】☎095(870)7200 または 📲080-6322-5554(牧師直通電話) e-mail nagasakimegumich@gmail.com まで。

二月 第三主日礼拝

◇礼拝の始まり5分前には心を静めて、静かにお待ちください。

♢讃美歌は心を込めつつ、声は小さめに歌いましょう(コロナ感染対策)。 

 

前 奏                            

頌 栄       あめつちこぞりて(新聖歌60・ゴスペル2)          (起立)

主の祈り     (下記載)                             

祈 祷                           司会者 (着席) 

信仰告白    使徒信条 (下記載)                   

聖 書     ヨハネの福音書141~6節(新約213頁)     司会

メッセージ   「天国に居場所を用意して下さった主イエス様」後藤健一牧師

讃 美    『信ずる者は何びとも』(新聖歌244)      (起立)                                              

献 金                                                                                   

頌 栄      父・ 御子・ 御霊  (新聖歌63・ゴスペル3)            (起立) 

 祷                                     牧師

*交読文とSGは割愛し、讃美歌も減らしております(コロナ感染対策)

主の祈り

天にまします我らの父よ、ねがわくはみ名をあがめさせたまえ、

み国を来らせたまえ、みこころの天になるごとく地にもなさせたまえ、

我らの日用の糧を、今日も与えたまえ、我らに罪をおかす者を我らがゆるすごとく、我らの罪をもゆるしたまえ、我らをこころみにあわせず、悪より救い出したまえ、

国とちからと栄えとは 限りなく なんじのものなればなり、アーメン。


使徒信条

我は天地の造り主、全能の父なる神を信ず。我はその独り子、我らの主、イエス・キリストを信ず。主は聖霊によりてやどり、処女マリヤより生まれ、ポンテオ・ピラトのもとに苦しみを受け、十字架につけられ、死にて葬られ、陰府(よみ)にくだり、三日目に死人のうちよりよみがえり、天にのぼり、全能の父なる神の右に座したまえり。かしこより来たりて、 生ける者と死にたる者とを審きたまわん。我は聖霊を信ず。聖なる公同の教会、聖徒の交わり、罪の赦し、身体のよみがえり、永遠(とこしえ)の生命(いのち)を信ず。アーメン。

メッセージ聖書箇所ヨハネの福音書141~6節(新約213頁)

14:1 「あなたがたは心を騒がせてはなりません。神を信じ、またわたしを信じなさい。

14:2 わたしの父の家には住む所がたくさんあります。そうでなかったら、あなたがたのために場所を用意しに行く、と言ったでしょうか。
14:3 
わたしが行って、あなたがたに場所を用意したら、また来て、あなたがたをわたしのもとに迎えます。わたしがいるところに、あなたがたもいるようにするためです。

14:4 わたしがどこに行くのか、その道をあなたがたは知っています。」
14:5 
トマスはイエスに言った。「主よ、どこへ行かれるのか、私たちには分かりません。どうしたら、その道を知ることができるでしょうか。」
14:6 
イエスは彼に言われた。「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれも父のみもとに行くことはできません。

©2017 新日本聖書刊行会

【今日の聖句】

「あなたがたは心を騒がしてはなりません。神を信じ、またわたしを信じなさいわたしの父の家には住む所がたくさんあります。そうでなかったら、あなたがたのために場所を用意しに行く、と言ったでしょうか。」(ヨハネの福音書141~2節)

【メッセージ要旨】

「天国に居場所を用意して下さった主イエス様」ヨハネ14章1~6節(新約213p

今朝はヨハネ14章1~6節を心にとめましょう。昨年、英国女王エリザベス2世の国葬でもこの聖書の箇所が、当時のトラス首相によって朗読されました。キリスト御自身の自己紹介が記されている箇所で、それはヨハネ14章6節です。

この時の弟子たちは、これからのイエス様の事について、不穏な空気を感じ、先行きが見えず、弟子たちにとって不安な状況の中、主イエス様は弟子たちに改めて自己紹介をなさいました。恐れと不安の中で主イエス様を見失っていた弟子たちに、主イエス様は改めてご自身が一体誰であるのかをお示しになったのです。

1.どんな時でも、信頼に足るべきお方である、主イエス・キリスト(1

1節。「あなたがたは心を騒がしてはなりません。神を信じ、またわたしを信じなさい。唯一まことの父なる神を信じ、神の御子であり神であるイエス・キリストを「信じ続ける」様に言われています。人は恐れや不安に支配されると、できることまでできなくなってしまいます。しかし、旧約聖書において啓示されている、唯一真の絶対者なる神、全知全能の、創造主なる神を信じ、また神の子であり神である、イエス・キリストを信じる事によって、恐れと不安から守られ、「心を騒がせられること」、「心かき乱されること」から守られるのです。

 

2.天国(主の御許)に居場所を用意して下さった主イエス・キリスト(2~3)

続いて2でイエス様は言います。わたしの父の家には住む所がたくさんあります。そうでなかったら、あなたがたのために場所を用意しに行く、と言ったでしょうか。」。「住む所」とは「父の家」にあります。神の一つの家の中にあるのです。そこは天国、神の国、父なる神の御許とも言い換えられます。神の御許、神の家も一つです。しかしそこには多くの住まい、居場所があります。さらに3節。「わたしが行って、あなたがたに場所を用意したら、また来て、あなたがたをわたしのもとに迎えます。わたしがいるところに、あなたがたもいるようにするためです」。永遠にずっと共に天国で一つの父なる神の家で過ごしたい、という切なる神の愛です。聖書ではその神の愛を、親が子を愛する愛や、さらには新郎が新婦を愛する愛にたとえています。唯一まことの主なる神は、私たちにご自分の命を与えるほどに最高に愛して下さっています(ヨハネ316)。ですから、父なる神の御許、天国、一つの神の家に、私達の永遠の住まい、居場所を用意するために、実は主イエス・キリストはこの後、十字架で死なれます。罪ある人間が、絶対的超越的他者なる聖なる唯一の神のご支配(神の国)に入れない原因である「人間の罪」の為に十字架で身代りに死んで下さったのです。父なる神の怒りの刑罰を身代わりに引き受けて下さったからです。それにより主イエスを信じる者の罪が赦され、無罪とされ、罪きよめられ、聖なるイエス様と父なる神の御許にいつもいて親しくお交わりできるためであり、そのお交わりを通して、信仰者にご自身の性質(聖さ・愛等)を分与される為です。その証拠としてキリストは死後三日目に復活し、弟子達に現れ、弟子達の前で天に引き上げられ、父なる神の王座のある天にお帰りになりました。そして今も一切の権威をもって天に座しておられます。ですからイエス様は目には見えませんが、イエス様を信じて父なる神に近づく者をいつでも救う事がおできになるのです(へブル72425)。

 

3.天国の唯一の道である主イエス・キリスト(4~6)

4節。キリスト様は続けて言われました。「わたしがどこに行くのか、その道をあなたがたは知っています。」。その時、弟子のトマスが私たちの思いを代弁しているようにイエス様に聞いてくれています。5節。「主よ、どこへ行かれるのか、私たちには分かりません。どうしたら、その道を知ることができるでしょうか」と。トマスはここで実際に歩いて行く道路を知ろうとしていましたが、イエス様の回答はトマスのイメージとは違います。すなわち6節。「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれも父のみもとに行くことはできません。」。主イエス様はトマスに対して「わたしがその天国の道なのだ」と言われます。そしてその道は真理の道であり、永遠の命の道なのです。その道だけが父なる神の御許、唯一の神の家、天国に通じる一本道なのです。そして主イエス様を信じてその道を歩み出す時、すでに天国に生きるのです。

(結論)主イエス・キリストこそが「道であり、真理であり、命」です。この道だけが、唯一まことの父なる神の御許、ただひとつの天国の家への、一本道です。

(祈り)天の父なる神様。真の、永遠の命の道、天国の道、主イエス・キリスト様に信頼して歩んで参ります。主と共に歩み、主に学んで参ります。イエス様によって、アーメン。



*メッセージ内容、その他、ご質問、ご意見、ご相談などございましたら、メールやお電話にてお尋ねください。【ご連絡先】☎095(870)7200 または 📲080-6322-5554(牧師直通電話) e-mail nagasakimegumich@gmail.com まで。

―今週の予定―

☆2月22日(水)聖書研究祈り会 10:30am 

2023年2月11日土曜日

2月12日(日)礼拝動配信&説教要旨「神様からの最高のプレゼント」 ヨハネの福音書3章1~16節



☆コロナ対策をしつつ集会をしております。なお3密防止のため席数10席程)が限られています。また駐車場も軽自動車4台分(実質2~3台分)と限られています。ですので、ご来会の際には事前にご連絡頂く事をお勧め致します。なおご参考までに、現在は午前9時半~の第一礼拝の集会の方が空席が十分あります。

☆コロナ感染予防のため、会堂内のマスク着用、アルコール消毒、換気の徹底、密閉、密集、密接を避ける等を実施します。ご来会の際にはご協力をお願い申し上げます。

☆ご体調のすぐれない方や、コロナの感染がご心配な方は、ご無理はなさらないで、下の方にあります、「礼拝ライブ配信または録画配信」を用いて、ご自宅にて、主なる神様を礼拝頂ければと存じます。その他、ご心配な点等やご質問等ございましたら、どうぞ、お尋ね下さい。


基本集会のご案内

〇日曜礼拝(毎週日曜日、毎朝行っています)

第一礼拝(お話は第二礼拝よりも短めです)

午前930分~10【ライブ(録画)配信でもご視聴できます】

*回線不具合等により、配信開始が遅くなる場合や配信ができない場合もあります。時折起こる回線不具合の為、第二礼拝、午後礼拝の配信となる場合もございます。あらかじめご了承ください。

*説教者のみを撮影して配信しています。会衆は映りません。

*視聴される方は↓の写真をクリックしてください。「youtubeで見る」という文字が写真内に出た場合はそちらをクリックしてください。

第二礼拝 午前1030分~1130分頃

  (お話は第一礼拝よりも詳しくお話します)

☆諸事情により、どうしても上の時間帯での礼拝出席がかなわず、その他の時間帯での個別の礼拝【早朝(例・朝6時~6時半)礼拝、午後礼拝、夕礼拝(午後8時~8時半)等】の時をご希望の方は、ご遠慮なく、事前にご相談ください。できるかぎり対応させて頂きます。

〇教会学校(子ども) 午前9時半~10時頃

〇聖書研究祈り会 毎週水曜日 午前1030分~1130分頃

*各集会は全て無料ですが礼拝では自由献金の時があります(強制ではなく自由です)

「やさしい聖書の学び」(お申し込み随時受付中)*ご都合の良いお時間で聖書を学べます。オンラインでも個別にも対応致します。ご遠慮なくご相談下さい。

*その他、ご質問、ご相談などございましたら、メールやお電話にてお尋ねください。【ご連絡先】☎095(870)7200 または 📲080-6322-5554(牧師直通電話) e-mail nagasakimegumich@gmail.com まで。

二月 第二主日礼拝

◇礼拝の始まり5分前には心を静めて、静かにお待ちください。

♢讃美歌は心を込めつつ、声は小さめに歌いましょう(コロナ感染対策)。  

前 奏                            

頌 栄       あめつちこぞりて(新聖歌60・ゴスペル2)          (起立)

主の祈り     (下記載)                             

祈 祷                           司会者 (着席) 

信仰告白           使徒信条  (下記載)        

聖 書     ヨハネの福音書3章116節(新約374頁)    司会者

メッセージ   「神様からの最高のプレゼント」          後藤健一牧師

讃 美    『ただ信ぜよ』(新聖歌182)               (起立)                                  

献 金                                                                                   

頌 栄      父・ 御子・ 御霊  (新聖歌63・ゴスペル3)            (起立) 

 祷                                     牧師

*交読文とSGは割愛し、讃美歌も減らしております(コロナ感染対策)

主の祈り

天にまします我らの父よ、ねがわくはみ名をあがめさせたまえ、

み国を来らせたまえ、みこころの天になるごとく地にもなさせたまえ、

我らの日用の糧を、今日も与えたまえ、我らに罪をおかす者を我らがゆるすごとく、我らの罪をもゆるしたまえ、我らをこころみにあわせず、悪より救い出したまえ、

国とちからと栄えとは 限りなく なんじのものなればなり、アーメン。


使徒信条

我は天地の造り主、全能の父なる神を信ず。我はその独り子、我らの主、イエス・キリストを信ず。主は聖霊によりてやどり、処女マリヤより生まれ、ポンテオ・ピラトのもとに苦しみを受け、十字架につけられ、死にて葬られ、陰府(よみ)にくだり、三日目に死人のうちよりよみがえり、天にのぼり、全能の父なる神の右に座したまえり。かしこより来たりて、 生ける者と死にたる者とを審きたまわん。我は聖霊を信ず。聖なる公同の教会、聖徒の交わり、罪の赦し、身体のよみがえり、永遠(とこしえ)の生命(いのち)を信ず。アーメン。

メッセージ聖書箇所ヨハネの福音書3・116(新約179180)

1さて、パリサイ人の一人で、ニコデモという名の人がいた。ユダヤ人の議員であった。2この人が、夜、イエスのもとに来て言った。「先生。私たちは、あなたが神のもとから来られた教師であることを知っています。神がともにおられなければ、あなたがなさっているこのようなしるしは、だれも行うことができません。」3イエスは答えられた。「まことに、まことに、あなたに言います。人は、新しく生まれなければ、神の国を見ることはできません。」4ニコデモはイエスに言った。「人は、老いていながら、どうやって生まれることができますか。もう一度、母の胎に入って生まれることなどできるでしょうか。」5イエスは答えられた。「まことに、まことに、あなたに言います。人は、水と御霊によって生まれなければ、神の国に入ることはできません。6肉によって生まれた者は肉です。御霊によって生まれた者は霊です。7あなたがたは新しく生まれなければならない、とわたしが言ったことを不思議に思ってはなりません。8風は思いのままに吹きます。その音を聞いても、それがどこから来てどこへ行くのか分かりません。御霊によって生まれた者もみな、それと同じです。」9ニコデモは答えた。「どうして、そのようなことがあり得るでしょうか。」10イエスは答えられた。「あなたはイスラエルの教師なのに、そのことが分からないのですか。11まことに、まことに、あなたに言います。わたしたちは知っていることを話し、見たことを証ししているのに、あなたがたはわたしたちの証しを受け入れません。12わたしはあなたがたに地上のことを話しましたが、あなたがたは信じません。それなら、天上のことを話して、どうして信じるでしょうか。13だれも天に上った者はいません。しかし、天から下って来た者、人の子は別です。14モーセが荒野で蛇を上げたように、人の子も上げられなければなりません。15それは、信じる者がみな、人の子にあって永遠のいのちを持つためです。」16神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに世を愛された。それは御子を信じる者が、一人として滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。

新日本聖書刊行会翻訳.新約聖書新改訳2017(新改訳聖書センター)(Kindleの位置No.1267312733).INOCHINOKOTOBASHA.Kindle.

【今日の聖句】

神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに世を愛されたそれは御子を信じる者が、

一人として滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。 (ヨハネの福音書3章16節)

【メッセージ要旨】

「イエス様を信じる者に与えられる永遠の命」ヨハネ3・116(新約179180)

 この分厚い聖書を一言で言えば、このヨハネ316節であると言われるほど、聖書の中心的メッセージがこのヨハネ316節です。今朝はこの個所を中心に、神様のメッセージを頂きましょう。

1.神から新しく生まれるために(111

ある夜、ユダヤ人の指導者でパリサイ人のニコデモという人がイエス様を訪ねて来ました(12)。パリサイ人とは旧約聖書の律法を厳守しようと努力をしていた、厳格なユダヤ教の一派です。さらに彼はユダヤ人の最高法廷の71人の議員の一人。夜に来たのは世間体があったのかもしれません。彼はイエス様に尋ねます。2節。「先生。私たちは、あなたが神のもとから来られた教師であることを知っています。神がともにおられなければ、あなたがなさっているこのようなしるしは、だれも行うことができません。彼にイエス様はお答えになりました。まことに、まことに、あなたに言います。人は、新しく生まれなければ、神の国を見ることはできません」(3。「新しく」とは「もう一度」や「神から」という意味もあります。「神の国」では神の御心が行われます。そのため神の国に生きる者は誰でも新しく生まれる必要があるのです。

ニコデモは「人は、老いていながら、どうやって生まれることができますか。もう一度、母の胎に入って生まれることなどできるでしょうか。」(4と問います。先の「新しく生まれ」と言われた言葉を、ニコデモは「もう一度、肉体的に生まれる」と解釈したのです。しかし主イエス様の真意は、「神から」、すなわち、霊的に生まれる事にありました。これはユダヤ教や、その他の宗教、全ての人間の力では不可能。ニコデモはまずこれを認める必要がありました。

イエス様はその事を教えようとされます。5節。「まことに、まことに、あなたに言います。人は、水と御霊によって生まれなければ、神の国に入ることはできません」。ここで「水」とは「悔い改め」(神への心と生活の方向転換)を意味します。主イエス様は「聖霊によって生まれる」という事を肉体的誕生とは区別して話している事を示しつつ(6)、あなたがたは新しく生まれなければならない、とわたしが言ったことを不思議に思ってはなりません。風は思いのままに吹きます。その音を聞いても、それがどこから来てどこへ行くのか分かりません。御霊によって生まれた者もみな、それと同じです。」(78と言われます。風は目には見えませんが音やその影響でわかるように、目に見えない聖霊の神の働きにより、人は悔い改めて(神に立ち帰り)、十字架で身代わりに死なれた救い主イエス様を信じて、神の霊である聖霊によって霊的に新しく生まれ神の国に入って始めて神に従えるようになります。ニコデモはどうして、そのようなことがあり得るでしょうか。」(9と答えます。「あなたはイスラエルの教師なのに、そのことが分からないのですか。…」(1011とイエス様。

2.十字架のイエス・キリスト様を信じて仰ぐ者は永遠に生きる(1216

イエス様は彼にだれも天に上った者はいません。しかし、天から下って来た者、人の子は別です。モーセが荒野で蛇を上げたように、人の子も上げられなければなりません」(1314と言われます。民数記2149節で、神様につぶやいたイスラエルの民達が、神様から送られた毒蛇にかまれて苦しんでいた時、神様は指導者モーセに青銅の蛇を旗竿につるすように命じ、その青銅の蛇を仰ぎ見るならば救われると示されました。その事を信じて青銅の蛇を仰ぎ見た人たちは毒が消えたのです。その様に、この後、「人の子」すなわちイエス様が、この青銅のへびのごとくに十字架につるされます。それは主イエスを信じる者がみな、人の子にあって永遠のいのちを持つため(15)に、全人類の罪を身代わりに背負い、父なる神からの怒りの刑罰を受けるためだったのです。

イエス様が十字架にかけられた時、ニコデモはあの夜、語られた事、そして旧約聖書を通して学んできた事の成就をイエス様に見たのでしょう。ニコデモがどの段階でイエス様とその御言葉を信じて、聖霊によって新しく生まれたかはわかりません。しかし、まさに風がどこから来てどこに行くかわからないように、イエス様をキリスト(救い主)と信じた時に彼の心は聖霊によって新しく生まれ、神からのいのち、「永遠のいのち」を得ました。神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに世を愛された。それは御子を信じる者が、一人として滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。」(16)。この「永遠のいのち」にキリスト様による救いの全てが含まれているのです。信じましょう。

【祈り】父なる神様。あなたの独り子イエス様を私達の罪の身代わりにする程、私たちを愛して下さり感謝致します。主イエス様を信じます。アーメン。



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―今週の予定―

☆2月15日(水)聖書研究祈り会 10:30am