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2022年8月21日日曜日

8月28日(日)礼拝録画&メッセージ要旨「あなたに向き合って下さる神」 ヨハネ9章1~12節


☆彡時津町ウォーターフロント公園から見た夕焼け

☆コロナ対策をしつつ集会をしております。なお3密防止のため席数10席程)が限られています。また駐車場も軽自動車4台分(実質2~3台分)と限られています。ですので、ご来会の際には事前にご連絡頂く事をお勧め致します。なおご参考までに、現在は午前9時半~の第一礼拝の集会の方が空席が十分あります。

☆コロナ感染予防のため、会堂内のマスク着用、アルコール消毒、換気の徹底、密閉、密集、密接を避ける等を実施します。ご来会の際にはご協力をお願い申し上げます。

☆コロナが再流行しています。

ご体調のすぐれない方や、コロナの感染がご心配な方は、ご無理はなさらないで、下の方にあります、「礼拝ライブ配信または録画配信」を用いて、ご自宅にて、主なる神様を礼拝頂ければと存じます。その他、ご心配な点等やご質問等ございましたら、どうぞ、お尋ね下さい。


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基本集会のご案内

〇日曜礼拝(毎週日曜日、毎朝行っています)

第一礼拝(お話は第二礼拝よりも短めです)午前930分~10頃 

*回線不具合等により、配信開始が遅くなる場合や配信ができない場合もあります。あらかじめご了承ください。

*説教者のみを撮影して配信しています。会衆は映りません。

*視聴される方は↓の写真をクリックしてください。「youtubeで見る」という文字が写真内に出た場合はそちらをクリックしてください。

第二礼拝 午前1030分~1130分頃(お話は第一礼拝よりも詳しくお話します)

〇教会学校(子ども) 午前9時半~10時頃

〇聖書研究祈り会 毎週水曜日 午前1030分~1130分頃

*各集会は全て無料ですが礼拝では自由献金の時があります(強制ではなく自由です)

「やさしい聖書の学び」(お申し込み随時受付中)*ご都合の良いお時間で聖書を学べます。オンラインでも個別にも対応致します。ご遠慮なくご相談下さい。

*その他、ご質問、ご相談などございましたら、メールやお電話にてお尋ねください。【ご連絡先】☎095(870)7200 または 📲080-6322-5554(牧師直通電話) e-mail nagasakimegumich@gmail.com まで。

八月第四主日礼拝順序 

◇礼拝の始まり5分前には心を静めて、静かにお待ちください。

♢讃美歌は心を込めつつ、声は小さめに歌いましょう(コロナ感染対策)。 

 

前 奏                            

頌 栄       あめつちこぞりて(新聖歌60・ゴスペル2)          (起立)

主の祈り     (下記載)                             

祈 祷                           司会者 (着席) 

信仰告白      使徒信条(下記載)        

聖 書      ヨハネ9章1~12節(新約p199200         司会者

メッセージ  「あなたに向き合って下さる神」      後藤健一牧師

讃 美    われを見出し(新聖歌219)                 (起立)                                              

献 金                                                                                   

頌 栄      父・ 御子・ 御霊  (新聖歌63・ゴスペル3)            (起立) 

 祷                                     牧師

*交読文とSGは割愛し、讃美歌も減らしております(コロナ感染対策)

主の祈り

天にまします我らの父よ、ねがわくはみ名をあがめさせたまえ、

み国を来らせたまえ、みこころの天になるごとく地にもなさせたまえ、

我らの日用の糧を、今日も与えたまえ、我らに罪をおかす者を我らがゆるすごとく、我らの罪をもゆるしたまえ、我らをこころみにあわせず、悪より救い出したまえ、

国とちからと栄えとは 限りなく なんじのものなればなり、アーメン。


使徒信条

我は天地の造り主、全能の父なる神を信ず。我はその独り子、我らの主、イエス・キリストを信ず。主は聖霊によりてやどり、処女マリヤより生まれ、ポンテオ・ピラトのもとに苦しみを受け、十字架につけられ、死にて葬られ、陰府(よみ)にくだり、三日目に死人のうちよりよみがえり、天にのぼり、全能の父なる神の右に座したまえり。かしこより来たりて、 生ける者と死にたる者とを審きたまわん。我は聖霊を信ず。聖なる公同の教会、聖徒の交わり、罪の赦し、身体のよみがえり、永遠(とこしえ)の生命(いのち)を信ず。アーメン。



メッセージ聖書箇所ヨハネ9章1~12節(新約p199200

9:1 さて、イエスは通りすがりに、生まれたときから目の見えない人をご覧になった。             

9:2 弟子たちはイエスに尋ねた。「先生。この人が盲目で生まれたのは、だれが罪を犯したからですか。この人ですか。両親ですか。」

9:3 イエスは答えられた。「この人が罪を犯したのでもなく、両親でもありません。この人に神のわざが現れるためです。

9:4 わたしたちは、わたしを遣わされた方のわざを、昼のうちに行わなければなりません。だれも働くことができない夜が来ます。

9:5 わたしが世にいる間は、わたしが世の光です。」

9:6 イエスはこう言ってから、地面に唾をして、その唾で泥を作られた。そして、その泥を彼の目に塗って、
9:7 
「行って、シロアム(訳すと、遣わされた者)の池で洗いなさい」と言われた。そこで、彼は行って洗った。すると、見えるようになり、帰って行った。

9:8 近所の人たちや、彼が物乞いであったのを前に見ていた人たちが言った。「これは座って物乞いをしていた人ではないか。」

9:9 ある者たちは、「そうだ」と言い、ほかの者たちは「違う。似ているだけだ」と言った。当人は、「私がその人です」と言った。

9:10 そこで、彼らは言った。「では、おまえの目はどのようにして開いたのか。」

9:11 彼は答えた。「イエスという方が泥を作って、私の目に塗り、『シロアムの池に行って洗いなさい』と言われました。それで、行って洗うと、見えるようになりました。」

9:12 彼らが「その人はどこにいるのか」と言うと、彼は「知りません」と答えた。              ©2017 新日本聖書刊行会


【今日の聖句】

「この人が罪を犯したのでもなく、両親でもありません。

この人に神のわざが現れるためです。

                (ヨハネの福音書9章3節)


「あなたに向き合って下さる神」ヨハネ9章1~12(新約p199200 

この聖書の箇所には、いつも神殿の近くで物乞いをしている、生まれつき目の見えない人が、道端にいて、その道をイエス様がお通りになった出来事が記されています。当時目の見えない人は、施しに頼る以外に生活する術がありませんでした。彼には両親がいましたが彼は物乞いをして生きていました。しかし、そこに、幸いにも、主イエス様が来られたのです。

1.生まれつき目が見えない人に目をとめられるイエス様(1~5)

1節。「さて、イエスは通りすがりに、生まれたときから目の見えない人をご覧になった」。イエス様は「生まれたときから目の見えない人」に目をとめられました()。これまで多くの人に見て見ぬふりをされたと思います。見られてはいましたが、この後見ますように、当時、本人かその両親に罪があるからこうなった、と見る人もいました。

しかし主なる神であり、創造主なる神である主イエス様は彼に目を止められました。それは他の人のようなさばく目ではなく、創造主としての愛のまなざしです。主イエス様はこの誰からも顧みられていない、両親からも距離を取られていたと思われる、物乞いをしていたこの目の見えない人に目を止められました。さらに言えば神であるイエス様は彼を愛してずっと見ておられました。

しかし、イエス様の弟子達でさえ彼を見ながら言います。「先生。この人が盲目で生まれたのは、だれが罪を犯したからですか。この人ですか。両親ですか。」()。イエス様の弟子たちでも、つい、心無い言葉がつい出てしまいました。実は、これが当時のユダヤ人たちの考え方で、常識でした。生まれつき目の不自由な人がそのようになったのは本人の罪かあるいは両親の罪である、という考えです。この目の見えない人は、これまでの人生で、この言葉を何度も聞かされて、心傷つけられ続けたと思います。しかし彼は生きていくために、そういう心無い言葉を浴びながら、ひたすら道端で、物乞いをしていたのではないでしょうか。

しかしイエス様は彼をそのような目で見ることをしません。3節。「この人が罪を犯したのでもなく、両親でもありません。この人に神のわざが現れるためです。」。創造主なるイエス様はこの生まれつき目の見えない人をすべてご存じでした。なぜ彼はこのようにして生まれたのかも主イエス様はご存じだったのです。そしてイエス様はどのようにして、この人を通して主の御業がなされるか、をご存じだったのです。私たちも同じだと思います。私たちの過去も、現在も、将来もすべて知り尽くしたお方が、今までも、そして、今もこれからも、私たち一人一人を、いつも、ずっと、愛と慈しみの目を止めてくださっている。そして語りかけ、最善に取り扱い、御業をなしてくださるのです。

そして、さらにイエス様は言われました。45節。「わたしたちは、わたしを遣わされた方のわざを、昼のうちに行わなければなりません。だれも働くことができない夜が来ます。わたしが世にいる間は、わたしが世の光です。」。

イエス様は神のわざを行うために父なる神によってこの暗闇の世、罪と悲しみと苦しみの世に遣わされました。それは闇の世を照らすためです(ヨハネ19)。イエス様は世の光です。このお方が世に来られました。

 

2.生まれつき目の見えない人を通して現された神の栄光(6~7)

さてこの後イエス様はこの目の見えない人に不思議な事をお命じになります。「イエスはこう言ってから、地面に唾をして、その唾で泥を作られた。そして、その泥を彼の目に塗って、「行って、シロアム(訳すと、遣わされた者)の池で洗いなさい」と言われた。そこで、彼は行って洗った。すると、見えるようになり、帰って行った。」(6~7)。一見、イエス様はなぜこのような事をするのかわかりません。しかし、この目の見えない人は、主イエスを信頼して従います。それは先ほどの3節のイエス様のお言葉を聴いて、今まで聴いた事のない恵みの言葉に信頼したからだと思われます。そこで彼はイエス様とお言葉を信じて、その命令に従い、行って洗います。すると、見えるようになって帰って行ったのです。神の奇跡です。しかし創造主なる神様ならば決してできない事はありません。時に神のなさる事がわからなくても、主なる神と神のその御言葉を信じて従う時に、神のすばらしさを体験します。この肉眼が見えなかった人の目の癒しは、イエス様を信じる時になされる、私たちの魂になされる救いの御業を表しています。

(祈り)神様。あなたへの信仰の目を開き、あなたの御業を見せて下さい。あなたのなさる事が時によくわからない時も、あなたに信頼して、お従いします。アーメン。





*メッセージ内容、その他、ご質問、ご意見、ご相談などございましたら、メールやお電話にてお尋ねください。【ご連絡先】☎095(870)7200 または 📲080-6322-5554(牧師直通電話) e-mail nagasakimegumich@gmail.com まで。

―今週の予定―

831日(水)聖書研究祈り会10:30am


2022年8月19日金曜日

8月21日(日)メッセージ要旨&礼拝録画「あなたの幸せが主イエス様の幸せ」イザヤ書53章


☆彡 せんこう花火

☆コロナ対策をしつつ集会をしております。なお3密防止のため席数10席程)が限られています。また駐車場も軽自動車4台分(実質2~3台分)と限られています。ですので、ご来会の際には事前にご連絡頂く事をお勧め致します。なおご参考までに、現在は午前9時半~の第一礼拝の集会の方が空席が十分あります。

☆コロナ感染予防のため、会堂内のマスク着用、アルコール消毒、換気の徹底、密閉、密集、密接を避ける等を実施します。ご来会の際にはご協力をお願い申し上げます。

☆コロナが再流行しています。

ご体調のすぐれない方や、コロナの感染がご心配な方は、ご無理はなさらないで、次の礼拝ライブ配信または録画配信を用いて、ご自宅にて、主なる神様を礼拝頂ければと存じます。その他、ご心配な点等やご質問等ございましたら、どうぞ、お尋ね下さい。


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注意!キリスト教の異端&カルト宗教~元首相銃撃事件を機に改めて警戒を~ 


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基本集会のご案内

〇日曜礼拝(毎週日曜日、毎朝行っています)

第一礼拝(お話は第二礼拝よりも短めです)午前930分~10頃 

*回線不具合等により、配信開始が遅くなる場合や配信ができない場合もあります。あらかじめご了承ください。この度は、こちらのミスで無音になっておりました。度々、申し訳ありませんでした。

16時半~、再配信致します(ライブ配信後は録画配信)。よろしければご視聴ください。

*説教者のみを撮影して配信しています。会衆は映りません。

*視聴される方は↓の写真をクリックしてください。「youtubeで見る」という文字が写真内に出た場合はそちらをクリックしてください。



第二礼拝 午前1030分~1130分頃(お話は第一礼拝よりも詳しくお話します)

〇教会学校(子ども) 午前9時半~10時頃

〇聖書研究祈り会 毎週水曜日 午前1030分~1130分頃

*各集会は全て無料ですが礼拝では自由献金の時があります(強制ではなく自由です)

「やさしい聖書の学び」(お申し込み随時受付中)*ご都合の良いお時間で聖書を学べます。オンラインでも個別にも対応致します。ご遠慮なくご相談下さい。

*その他、ご質問、ご相談などございましたら、メールやお電話にてお尋ねください。【ご連絡先】☎095(870)7200 または 📲080-6322-5554(牧師直通電話) e-mail nagasakimegumich@gmail.com まで。

八月第三主日礼拝 

◇礼拝の始まり5分前には心を静めて、静かにお待ちください。

♢讃美歌は心を込めつつ、声は小さめに歌いましょう(コロナ感染対策)。 

 

前 奏                            

頌 栄       あめつちこぞりて(新聖歌60・ゴスペル2)          (起立)

主の祈り     (週報左下記載)                             

祈 祷                           司会者 (着席) 

信仰告白      使徒信条(下記載)        

聖 書      イザヤ書53章(旧約p12581260          司会者

メッセージ  「あなたの幸せが主イエス様の幸せ」     後藤健一牧師

讃 美    主イエスの御側に(新聖歌251)         (起立)                                            

献 金                                                                                   

頌 栄      父・ 御子・ 御霊  (新聖歌63・ゴスペル3)            (起立) 

 祷                                     牧師

*交読文とSGは割愛し、讃美歌も減らしております(コロナ感染対策)

主の祈り

天にまします我らの父よ、ねがわくはみ名をあがめさせたまえ、

み国を来らせたまえ、みこころの天になるごとく地にもなさせたまえ、

我らの日用の糧を、今日も与えたまえ、我らに罪をおかす者を我らがゆるすごとく、我らの罪をもゆるしたまえ、我らをこころみにあわせず、悪より救い出したまえ、

国とちからと栄えとは 限りなく なんじのものなればなり、アーメン。


使徒信条

我は天地の造り主、全能の父なる神を信ず。我はその独り子、我らの主、イエス・キリストを信ず。主は聖霊によりてやどり、処女マリヤより生まれ、ポンテオ・ピラトのもとに苦しみを受け、十字架につけられ、死にて葬られ、陰府(よみ)にくだり、三日目に死人のうちよりよみがえり、天にのぼり、全能の父なる神の右に座したまえり。かしこより来たりて、 生ける者と死にたる者とを審きたまわん。我は聖霊を信ず。聖なる公同の教会、聖徒の交わり、罪の赦し、身体のよみがえり、永遠(とこしえ)の生命(いのち)を信ず。アーメン。




メッセージ聖書箇所イザヤ53(旧約p12581260

53:1 私たちが聞いたことを、だれが信じたか。主の御腕はだれに現れたか。

53:2 彼は主の前に、ひこばえのように生え出た。砂漠の地から出た根のように。彼には見るべき姿も輝きもなく、私たちが慕うような見栄えもない。

53:3 彼は蔑まれ、人々からのけ者にされ、悲しみの人で、病を知っていた。人が顔を背けるほど蔑まれ、私たちも彼を尊ばなかった。

53:4 まことに、彼は私たちの病を負い、私たちの痛みを担った。それなのに、私たちは思った。神に罰せられ、打たれ、苦しめられたのだと。

53:5 しかし、彼は私たちの背きのために刺され、私たちの咎のために砕かれたのだ。彼への懲らしめが私たちに平安をもたらし、その打ち傷のゆえに、私たちは癒やされた。

53:6 私たちはみな、羊のようにさまよい、それぞれ自分勝手な道に向かって行った。しかし、主は私たちすべての者の咎を彼に負わせた。

53:7 彼は痛めつけられ、苦しんだ。だが、口を開かない。屠り場に引かれて行く羊のように、毛を刈る者の前で黙っている雌羊のように、彼は口を開かない。

53:8 虐げとさばきによって、彼は取り去られた。彼の時代の者で、だれが思ったことか。彼が私の民の背きのゆえに打たれ、生ける者の地から絶たれたのだと。

53:9 彼の墓は、悪者どもとともに、富む者とともに、その死の時に設けられた。彼は不法を働かず、その口に欺きはなかったが。

53:10 しかし、彼を砕いて病を負わせることは主のみこころであった。彼が自分のいのちを代償のささげ物とするなら、末長く子孫を見ることができ、主のみこころは彼によって成し遂げられる。

53:11 「彼は自分のたましいの激しい苦しみのあとを見て、満足する。わたしの正しいしもべは、その知識によって多くの人を義とし、彼らの咎を負う。

53:12 それゆえ、わたしは多くの人を彼に分け与え、彼は強者たちを戦勝品として分かち取る。彼が自分のいのちを死に明け渡し、背いた者たちとともに数えられたからである。彼は多くの人の罪を負い、背いた者たちのために、とりなしをする。」  

               ©2017 新日本聖書刊行会


【今日の聖句】

彼は自分のたましいの激しい苦しみのあとを見て、満足する。

わたしの正しいしもべは、その知識によって多くの人を義とし、

彼らの咎を負う。                (イザヤ書5311節)


「あなたの幸せが主イエス様の幸せ」イザヤ書53章(旧約p12581260 

イザヤ53章は、預言者イザヤの時代から約700年後に成就した、この地上に人となって来られた、救い主イエス・キリスト様が受けた苦難の姿の予告です。

1.神のしもべイエス・キリストの苦難とその意味(1~10)

イザヤ531節。「私たちが聞いたことを、だれが信じたか。主の御腕はだれに現れたか。。当時、イザヤが示す神の言葉を信じる者は少数である事の悲しみが表現されています。2~4節には神のしもべが苦難を受ける姿が記されています。彼は主の前に、ひこばえのように生え出た。砂漠の地から出た根のように。彼には見るべき姿も輝きもなく、私たちが慕うような見栄えもない。彼は蔑まれ、人々からのけ者にされ、悲しみの人で、病を知っていた。人が顔を背けるほど蔑まれ、私たちも彼を尊ばなかった。まことに、彼は私たちの病を負い、私たちの痛みを担った。それなのに、私たちは思った。神に罰せられ、打たれ、苦しめられたのだと。「ひこばえ」とは「木の脇芽」。人々は神のしもべの苦難の理由がわからず、悪い事をしたから神に罰を受けたと思っていたのです。

それは全くの誤解でした。それは私たち罪人、全人類の罪のために身代わりとなって父なる神から罰を受けられたためでした。5~6節。「しかし、彼は私たちの背きのために刺され、私たちの咎のために砕かれたのだ。彼への懲らしめが私たちに平安をもたらし、その打ち傷のゆえに、私たちは癒やされた。私たちはみな、羊のようにさまよい、それぞれ自分勝手な道に向かって行った。しかし、主は私たちすべての者の咎を彼に負わせた。。そのしもべの苦難を受ける姿は7彼は痛めつけられ、苦しんだ。だが、口を開かない。屠り場に引かれて行く羊のように、毛を刈る者の前で黙っている雌羊のように、彼は口を開かない。」。その苦難の理由は8虐げとさばきによって、彼は取り去られた。彼の時代の者で、だれが思ったことか。彼が私の民の背きのゆえに打たれ、生ける者の地から絶たれたのだと。。神のしもべ、イエス様の苦難は、神の民イスラエルと全ての人の罪の身代わりのためでした。

9節。「彼の墓は、悪者どもとともに、富む者とともに、その死の時に設けられた。彼は不法を働かず、その口に欺きはなかったが。。イエス・キリストは完全に無罪でしたが、人類の罪のため身代わりに極刑の十字架で息を引き取りました。しかし、そのご遺体は通常の犯罪者のための墓にではなく、ユダヤ人議員で金持ちであったアリマタヤのヨセフによって、彼の新しい墓に葬られたのでした。

この神のしもべ、イエス様が父なる神から罰せられる事は神の御心でした。10節。「しかし、彼を砕いて病を負わせることは主のみこころであった。彼が自分のいのちを代償のささげ物とするなら、末長く子孫を見ることができ、主のみこころは彼によって成し遂げられる。。普通に考えて、命を代償の捧げ物とするなら死にますから「末長く、子孫を見ることができ」ません。実はここでは、イエス・キリストの復活を示唆されています。ここでの「子孫」とはイエス様を信じて霊的に神によって新しく生まれた、霊的子孫の事を示します(ガラテヤ4・6)。

 

2.十字架の苦しみの中で私たちの救いのゆえに満足されるキリスト(1112

11節。「彼は自分のたましいの激しい苦しみのあとを見て、満足する。わたしの正しいしもべは、その知識によって多くの人を義とし、彼らの咎を負う。」。「その知識によってとは神の苦難のしもべ、イエス・キリストを知る事を通して、イエス様を信じて罪赦され、義と認められ、救われて、正しい者として歩めるようにされるという意味です。苦難のしもべ、イエス様は、愛する父なる神の御心を行う事を喜びとし、人々の救いがご自分の身代わりの死によって成し遂げられたので、父なる神を愛し、人を愛する愛のゆえに喜び、満足されたのです。

そして12それゆえ、わたしは多くの人を彼に分け与え、彼は強者たちを戦勝品として分かち取る。彼が自分のいのちを死に明け渡し、背いた者たちとともに数えられたからである。彼は多くの人の罪を負い、背いた者たちのために、とりなしをする。。ここでの「わたし」とはイエス・キリストの父なる神です。父なる神はイエス様に「多くの人々を彼に分け与え」、それによって「彼は強者たちを分捕り物としてわかちとる」とあります。その理由は「彼が自分のいのちを死に明け渡し」、すなわち、イエス様が身代わりの十字架の死の道を自ら進んで行かれたからです。そしてキリストは父なる神によって復活させられ、引き上げられ高められ、父なる神の右に着座されました(イザヤ5213)。

【祈り】主なる神様。私たちの救いの為に主イエス様が御苦難を受けられ、その中で、私たちの救いを見て喜び満足して下さった事を感謝致します。アーメン。




*メッセージ内容、その他、ご質問、ご意見、ご相談などございましたら、メールやお電話にてお尋ねください。【ご連絡先】☎095(870)7200 または 📲080-6322-5554(牧師直通電話) e-mail nagasakimegumich@gmail.com まで。

 ―今週の予定―

8月24日(水)聖書研究祈り会(午前10時~ 長崎めぐみ教会会堂1階にて香登修養会ライブ配信を視聴します。または、各自で➡https://www.youtube.com/watch?v=Gvy3LmNb3z0 をクリックしてご視聴ください)