2026年1月17日土曜日

2026年1月17日 説教要旨「常に喜び感謝できるのは神に絶えず祈れるから」テサロニケ人への手紙第一5章16節~22節(新約413頁)

 

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「常に喜び感謝できるのは神に絶えず祈れるから」テサロニケ人への手紙第一5章16節~22節(新約413)

テサロニケ人への手紙は使徒パウロという神のしもべを通じて書き送られた神様からのメッセージです。この時のパウロは年老いて、持病に悩まされ、監禁状態にあったようです。そんなパウロが迫害の試練の中にあったテサロニケの教会に手紙を書き送り、「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべてのことにおいて感謝しなさい」(1618と書いたのです。どうしたら、このように生きられるのでしょうか。主に二つの理由があります。

1..主イエス・キリストと結ばれて、守られている信仰生活のゆえに(18

そのカギは第一に18節。「これが、キリスト・イエスにあって神があなたがたに望んでおられることです」(18)。中でも、「キリスト・イエスにあって(の中で)」という言葉です。これは、イエス・キリストを信じて結ばれているという意味です。キリストとの一体性を意味します。たとえるなら、ぶどうの幹(キリスト)に人(枝)が信仰という接点で結ばれているようなものです。また、夫である花婿(キリスト)と妻である花嫁(教会)の関係のようなものです。イエス・キリストと結ばれて、イエス様の中で、イエス様の守り、庇護の中で生きられる!そこに永遠の命があります(ヨハネ316)。全ての良きものがあるのです。だから、どんな状況の中でもイエス様の中に守られて生きられるので、いつも喜び、感謝できる、のです。

2.主への祈りの生活のゆえに~いつも主と向き合い、会話する生活~(17

第二に、常に神に祈れるからです。時に試練もあります。そういう時に、「絶えず祈りなさい」とのみ言葉の重要性、ありがたさ。「祈りは呼吸です」と教えられた事があります。神様の求めている事は、いつも、祈りながら、神様に助けと支えと癒しと守りと、良いものをいつもいただきながら、神様と共に生きていくという事です。だから、「いつも、喜んで」いられるし、どんな状況でも「感謝する」事が可能となってくると信じます。悲しみ、怒り、恐れ、という感情自体が悪いとは思いません。しかし、それらに支配されたり、ふりまわされたりする事は主の御心ではありません。そういう時でも神に信頼して、祈りつつ、主のお守りの中で平安を頂き、喜びと感謝の中で生きる事が主が望んでおられる事です。大変な試練の中でも、それでも、主なる神が救って下さっている、天国を下さっている、支えて下さり、万事を益にしてくださる、と信じて祈りつつ、いつも主と主の御言葉と御業に信頼して、喜びと感謝をもって、生きていきたいと思います。いつでも、イエス様を信じて捧げる祈りに、神は思い煩いと引き換えに心に安らぎを下さり(ピリピ4・6、7)、最善に応えて下さいます(ロマ828)。

聖書は神の言葉で、できないことをしなさいというような、根拠のない事を言うような書物ではありません。できるからこそ、しなさい、と命じているのです。しかし、自分の力ではできない。「主にあって」とありますが、これは主を信じて結ばれているという事です。テサロニケ5・18にもありますが、これが実は「いつも喜び、絶えず祈り、すべての事について感謝する」秘訣、鍵です。

「すべてのことについて感謝しなさい」とは、「どんな状況においても感謝していなさい」という事です。すべての良いものは神から来るのです。どんな試練の時も、辛い時も、問題が降りかかってくる時も、それでも、神は愛であり、神に生かされている、守られている。だから、当然、主に感謝すべきなのです。さらに、神に愛され、神を愛する信仰者のために、神は万事を益となして下さいます(ローマ8・28)。ですから、この神に信頼し、神の御心に全てをゆだねて従う時、あらゆる場合に感謝ができます。最善だけをなさる、神の御心がなる事。それが私たちの最高の幸せであり、喜びであり、祈りであり、感謝なのです。神は真実で必ず最善にしてくださるからです。だから主を信じて祈り続けるのです。

そしてパウロは「御霊を消してはいけない」(19)、「預言を軽んじてはいけない」(20と言いました。なぜならこれらは善悪を識別する基準だからです。そしてこれらをもって、「あらゆる種類の悪から遠ざかりなさい」(21)、「すべてのことを見分けて、本当に良いものを堅く守りなさい」(22と教えます。いつも喜びと感謝の中で生きながら、同時に再臨のキリストを待ち望む間、サタンに騙されないように、聖書のみ言葉と聖霊の油を絶やすことなく、善悪をしっかりと見分けていく必要があるのです。喜び、感謝しつつ油断せずに祈りつつ、聖霊に導かれながら、冷静に、聖書のみ言葉で善悪を見分けていく必要があるのです。その際、聖書のみことばの健全な理解がその際に鍵になってくる事を思います。

【祈り】主よ。主にあって、いつも喜び、絶えず祈り、どんな状況でも感謝します。聖霊によって導き、聖書のみ言葉により善悪を識別させて下さい。アーメン。

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